ライノタイプ2006年5月号メールマガジン Q & A

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ライノタイプ・タイプディレクター小林章氏に聞こう!!

いつもたくさんの方からコメントや質問を頂き、有難うございます!
今回はこの質問をテーマに回答してもらいました!


あなたの質問ですか?





Q:「今までどのように学んできたか」について
一般的な心構えみたいなものが感じとってもらえると嬉しいですねと章氏

章氏に答えてもらおう!

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1-1 フォントの良し悪しの見分け方

 

「書体についての学び方」についての質問がありました。本を一冊読めばわかるというものではないので、普段から何気なく欧文書体に接して、それを身近に感じることが一番だと思います。

いま家族とドイツに住んでいます。仕事の現場ではヘルマン・ツァップ氏やアドリアン・フルティガー氏と仕事の打ち合わせをしています。私が書体に興味を持ち始めたときは、彼らのことを書体デザインの神様のように思っていたので、今のようにドイツ語を使って一緒に仕事ができるとは想像もしていませんでした。日本からドイツに移ったばかりの時は、習いたてのドイツ語が伝わらなくて外出の時はいつも緊張したのですが、最近は言葉を多少覚えて神経も太くなってきたので肩の力が抜けた感じです。外国語を使うことがようやく普段着の感覚になってきました。

日本では、欧文を使うことがまだ「よそ行き」です。軽々しく使っちゃいけないと思いこんで変に緊張する。緊張だけならいいんですが、本の中に書かれていることだけに偏った研究を始めると、実際の欧米の感覚とずれていくことがあるので、注意が必要です。日本で言われている「世界の常識」が、海外から見るととんでもない方向にいってしまっていることがあるからです。

ちょうど拙著『欧文書体 その背景と使い方』でも最後の方に書いていますが、「ボドニがイタリアの人だったから書体 Bodoni は他の国で使えない」などという思いこみは日本特有の勘違いで、○×式教育の悪い影響かもしれません。ボドニはイタリア人だった、ガラモンはフランス人だった、というのは本を見れば書いてある。それがどうかすると「Bodoni はイタリア、Garamond はフランスで使う書体で、間違えると恥をかく」という解釈になり、それが「書体を使うときの常識」として日本の中で一人歩きをする。日本だけに見られる変な傾向です。雑誌『デザインの現場』の原稿を書くためにマシュー・カーター氏と書体についての話をしていたら、たまたまそんな話になって、彼もそんなまちがった解釈について「私はそんな純粋主義者じゃないよ」と笑っていました
(注1)

日本で広まった話でもっとひどいのは、「Futura はナチスの書体だからドイツではタブーであり、イスラエルでは反感を買うので使えない」というもので、これなんかもツァップ氏やカーター氏をはじめ欧米のデザイナーに聞いたらみんな信じられないと言ってある人は大声で笑い、ある人は憤慨していました。イスラエルのデザイナー二人に直接聞いたときも、やはり驚かれました。一人からは彼の仕事であるイスラエル国立美術館のカタログから Futura の使用例を送ってもらっています。もう一人は国際タイポグラフィ協会のイスラエル代表ですが、その人も Futura がイスラエルで使えないなんていう話は「初めて聞いた」と言います
(注2)。イスラエルの人が知らない「イスラエルの常識」って何でしょう。本だけに偏った研究の悪い一面ではないでしょうか。つまらない先入観や偏狭な考えにまどわされず、書体に惚れ込んで、味わって、使ってその面白さを楽しんでください。それが一番です。

海外のコンファレンスによく顔を出していますが、そこでは欧文書体の作り手と使い手双方が食べながら笑いながら楽しく意見交換する数日間を過ごします。そこでは書体の知識のあるなしはほとんど関係ないんです。先入観や偏狭な考えなど無い、からっと明るくオープンな交流を体験できるはずです。

日本人にも欧文のデザインは理解できるはずだと思って、私はイギリスに渡り、手や眼に教え込んできました。ヨーロッパに育った営業部員が、私にほぼ毎日書体の質問をしに来ます。日本で生まれ育った私のドイツ語は小学生並みですが、この仕事が務まっているところをみると私の感覚は外れていないようです。だから変に構えて分厚い本に頭をつっこむよりは、欧文書体を身近に感じるところから始めるのが間違いないようです。コンファレンスのことを書きましたが、海外に行かなくともできることはたくさんありますよ。独学でも良いからペンを持ってカリグラフィの教本どおりに書いてみるとか、欧米の古い雑誌をめくって書体の流行の移り変わりを感じるとか、映画の背景に出てくる文字を追ってみるとか。ちょっと時間に余裕のある人は、気になる書体の使い方を切り抜いて集めるのも良いでしょう。そんなことをきっかけに欧文を自分の身体の一部にとりこんでいけば、変な肩の力が抜けてくると思います。

(注1)カーター氏の取材の記事は『デザインの現場』2005 年 10 月号 109 ページをご覧ください。
(注2)これについての著名デザイナーへのインタビュー、実際のドイツやイスラエルでの使用例は『デザインの現場』2004 年 10 月号 99ページから101 ページをご覧ください。


(回答文)ライノタイプ社 タイプディレクター 小林 章 氏



他にもたくさん質問を受け付けています!
質問先:linotype@sdg-net.co.jp

また Q&A シリーズをお届けしたいと思います、それまでお楽しみに!

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